1404.東京モノレール天王洲アイル駅
東京モノレール天王洲アイル駅は相対式2面2線の高架ホームを有する羽田空港線の駅である。
番線区分はなく、東側が下り方面、西側が上り方面が使用する。
東京モノレールは1964年の東京オリンピックに合わせ、
羽田空港と山手線浜松町駅を結ぶ空港アクセス鉄道として計画された。
1959年8月7日に“大和観光”の社名で設立され、翌年“日本高架電鉄”に商号変更した。
1963年5月から建設が開始され、翌年9月17日に浜松町から羽田までの区間が開業した。
同年5月28日に社名も東京モノレールに変更している。
既に跨座式モノレールの営業をしていた名古屋鉄道も経営に参加していたが、
1965年12月には撤退、日立運輸などと合併して日立運輸東京モノレールに社名を変更、
日立製作所が発行株式の81%を所有する子会社となったが、
1981年4月13日には子会社として東京モノレールを設立、モノレール事業を譲渡した。
羽田空港の移転に伴い、東京モノレール線も整備場から先のルートが変更され、
1993年9月27日に羽田空港(原・羽田空港第1ビル)までの区間が新規延伸開業、
羽田も現在地に移転され、1998年11月18日に京急羽田空港線開業に伴い駅名を“天空橋”に改称した。
2002年2月22日に日立物流は所有していた株式のうち70%をJR東日本に譲渡、
東京モノレールはJR東日本が筆頭株主となった。
天王洲アイルはその名の通り、東品川の臨海部の再開発街区の最寄り駅として、
1992年6月19日に“シーフォート・スクエア”の開業に併せて誕生した。
江戸時代の1751年に海中から牛頭天王の面が引き上げられ、
これが由来でこの地が土砂が堆積してできた州であることから天王洲と呼ばれるようになった。
黒船来航に対抗するために台場を設置されることになっていたが資金不足で断念、
大正時代になって造船所などが作られ、雑多な倉庫街になっていった。
1986年10月に東品川二丁目の再開発計画が持ち上がり、
この地を天王洲アイルと名付けて新たな都市開発が行われていった。
東京モノレールに遅れて2001年3月31日にりんかい線の駅も開業した。
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撮影時刻 2014/05/31 14:13:57
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