150.富士急行大月駅
富士急行はJR中央本線大月駅から河口湖駅までを結ぶ中小私鉄で、
大月から富士吉田までの23.6km、16駅が大月線、富士吉田から河口湖までの3.0km、3駅が河口湖線であるが、
現実には2つの路線を含めて富士急行線と呼ばれている。
富士急行はその名の通り、中央本線と富士登山の拠点となる吉田を結ぶために敷設された馬車鉄道に由来する。
1900年9月21日に上吉田−籠坂間が都留馬車鉄道によって開業、
1903年9月11日には上吉田から小沼まで延伸した。
一方、1903年1月17日には大月−谷村間が富士馬車鉄道が開業され、
1903年8月14日には谷村から小沼まで延伸した。
この区間は山岳路線で馬車鉄道では限界があるため、
1919年には都留馬車鉄道が都留電気鉄道に、1920年には富士馬車鉄道が富士電気鉄道に社名変更、
1921年には都留電気鉄道の路線が電化された上で富士電気鉄道に譲渡され、
上吉田−籠坂間は1927年には廃止され、大月から上吉田間が電化路線として確立した。
上吉田−籠坂間は御殿場から延びていた御殿場馬車鉄道と連結されていたこともあった。
その一方で現在の富士急の前身である富士山麓鉄道が1926年9月18日に設立され、
1928年1月に富士電気鉄道の大月−上吉田間の路線が富士山麓鉄道に譲渡された。
しかし馬車鉄道時代の併用区間がある路線では増え続ける登山客を捌ききれず、
1929年6月19日には富士山麓鉄道によって大月−富士吉田間が電化路線が開業し、
富士電気鉄道からの譲渡路線は廃止された。
1950年8月24日には富士山麓鉄道によって富士吉田−河口湖間が敷設された。
1960年5月30日には富士山麓鉄道は富士急行に社名変更された。
大月駅はJR所有の駅であり、JRは2面3線を使用し、
富士急行は中央本線から斜めに接続する形で島式1面2線のホームがあり、
独立した改札が一応あるものの駅舎らしいものはなく、
ロッジ風のJRの駅舎から比べるとちょっと見窄らしい。
JRの下りホームである3番線から直接富士急行線のホームに行ける改札も設置されている。
画像 de1432
撮影時刻 2001/08/25 10:03:23
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