1708.JR中央本線多治見駅



JR多治見駅は単式1面1線と島式2面4線の、
計3面5線の地上ホームを有する中央本線の駅である。
多治見を起点とする太多線が分岐する。
単式ホームの1番線は中央本線上り主本線、
2番線は中央本線上り副本線として待避列車及び始発列車が使用、
3番線は中央本線下り主本線、4番線は下り副本線、
5番線は太多線専用ホームで、太多線は一部4番線も使用する。

中央本線は東京から塩尻までの区間は中央東線として、
名古屋から塩尻までは中央西線として敷設され、
全通後に中央東線が中央西線を編入して中央本線となった。
中央東線のうち、御茶ノ水から八王子までの区間は、
甲武鉄道が敷設した区間で、同社は1906年10月1日に国有化された。
八王子から先は官営鉄道として1901年8月1日から敷設が開始され、
1906年6月11日には塩尻まで延伸している。
更に中央東線として1909年12月1日には塩尻から奈良井まで延伸、
翌年、1910年10月5日には藪原まで延伸、
同年11月25日には宮ノ越まで延伸している。

一方、中央西線としては1900年7月25日に、
名古屋から多治見の区間が開業、
1902年12月21日には中津(現・中津川)まで延伸、
1908年8月1日には坂下まで延伸、
1909年7月15日には三留野(現・南木曽)まで延伸、
同年9月1日には野尻まで延伸、同年12月1日には須原まで延伸、
1910年10月5日には上松まで延伸、
同年11月25日には木曽福島まで延伸した。
1911年5月1日には木曽福島から宮ノ越まで延伸し、全通した。
これにより中央西線は中央東線に編入され、中央本線に改称された。
設立の経緯からは東京から宮ノ越が中央東線だが、
国鉄分割民営化後に東京から塩尻はJR東日本に継承され、
塩尻から名古屋まではJR東海に継承された。
そのため、中央本線もJR管区に合わせて云われることがある。
中央西線のうち名古屋から中津川までの区間は、
中央線名古屋地区と呼ばれている。
高蔵寺に駅が出来たのは1900年7月25日に、
現在の中央本線となる官設鉄道が、
名古屋から多治見まで敷設された時に同時に開業する。
1909年10月12日の線路名称制定によって中央西線となり、
1911年5月1日に全通に際して、
中央西線が中央東線に編入、中央本線となる。

官設鉄道として1900年7月25日に、
名古屋から多治見までが敷設され、
その時に終着駅として開業した。
1902年12月21日に中津(現・中津川)延伸、途中駅となった。
1909年10月12日の線路名称制定で中央西線となり、
全通した1911年5月1日に中央本線となった。
2009年11月1日に橋上駅舎化された。
2016年6月26日に北口駅前に虎渓用水広場が完成した。


画像 dd23691
撮影時刻 2018/02/17 17:03:20

JR多治見駅南口全景。


画像 dd23692
撮影時刻 2018/02/17 17:04:22
ペデストリアンデッキ設置後の南口。


画像 dd31861
撮影日時 2025/09/14 11:33:58
JR多治見駅北口。


画像 dd31862
撮影日時 2025/09/14 11:38:52




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