2017.東急電鉄洗足駅
東急洗足駅は相対式2面2線の地下ホームを有する目黒線の駅である。
1番線は下り日吉方面、2番線は上り目黒方面が使用する。
東急電鉄は渋沢栄一らによって1918年9月2日に設立された、
宅地開発の田園都市株式会社の鉄道部門が、
1922年7月22日に独立して目黒蒲田電鉄を祖とする。
田園都市傘下のの荏原電気鉄道が取得していた、
大井町から 調布村(現・多摩川)の免許を無償譲渡、
田園都市が目黒線として着工していた大崎町(現・目黒)から、
調布村(現・多摩川)までの工事区間、
武蔵野電気鉄道から調布村(現・多摩川)から、
蒲田までの敷設権を有償譲渡されて設立した。
目黒蒲田電鉄は1923年3月11日に目黒線の、
目黒から丸子(現・沼部)の区間が開通した。
丸子から蒲田までは蒲田線として着工され、
1923年11月1日に全通した。
この時、目黒線と蒲田線を合わせて目蒲線とした。
現在の東横線を敷設した武蔵電気鉄道は、
1924年10月25日に目黒蒲田電鉄の傘下に入り、
この時に社名を東京横浜電鉄に改称した。
東京横浜電鉄は神奈川線の名称で1926年2月14日に、
丸子多摩川(現・多摩川)から神奈川(現・廃止)の区間を開業した。
1927年8月28日には丸子多摩川から渋谷の区間が延伸、
この時に路線名を東横線に変更した。
目黒蒲田電鉄は1924年10月7日に東京横浜電鉄を合併、
同年10月25日に社名を東京横浜電鉄に変更した。
陸上交通事業調整法により、1942年5月1日に、
京浜電気鉄道、小田急電鉄を合併し、社名を東京急行電鉄株式会社に変更した。
1944年5月31日には京王電気鉄道を合併したが、
戦後、1948年6月1日に会社再編成し京浜急行電鉄、小田急電鉄、京王帝都電鉄を設立、
残留した支社から東京急行電鉄を形成した。
2019年4月25日に東急電鉄分割準備株式会社を設立し、
同年9月2日に東京急行電鉄株式会社が「東急株式会社」、
東急電鉄分割準備株式会社が「東急電鉄株式会社」に商号変更の上、
同年10月1日に東急株式会社の鉄軌道事業を、
東急電鉄株式会社に移管して会社分割した。
東横線は1988年3月11日から複々線化の工事を開始、
2000年8月6日に多摩川から武蔵小杉の区間の複々線化が完成、
これに合わせて目蒲線を目黒から武蔵小杉までをを目黒線、
多摩川から蒲田の区間を東急多摩川線に分割した。
目黒線は2008年6月22日に武蔵小杉から日吉まで延伸し、全通した。
洗足に駅が出来たのは目黒蒲田電鉄が1923年3月11日に、
目黒から丸子(現・沼部)の区間が開通したのと同時である。
計画時の駅名は「碑文谷」だったが、
この付近が田園都市が分譲した「洗足田園都市」に因み、
駅名が洗足となった。
池上線の洗足池と駅名が似ているが、
開業時は洗足は目黒蒲田電鉄、洗足池は池上電気鉄道と別会社だった。
開業時は地上ホームだったが、
環七通りとの立体交差のために地下化が計画され、
1967年2月16日に上り線、同年2月26日に下り線が地下化された。
画像 dd29719
撮影日時 2024/05/26 15:03:55
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