2020.東急電鉄大倉山駅
東急大倉山駅は相対式2面2線の高架ホームを有する東横線の駅である。
1番線は下り横浜方面、2番線は上り渋谷方面が使用する。
傾斜地にホームが設置されているため、渋谷方は地上とほぼ同じ高さで、
改札のある横浜方は高架下に大倉山エルム通りが通っている。
東急電鉄は渋沢栄一らによって1918年9月2日に設立された、
宅地開発の田園都市株式会社の鉄道部門が、
1922年7月22日に独立して目黒蒲田電鉄を祖とする。
東横線は1910年6月22日に設立された武蔵電気鉄道が免許を取得、
武蔵電気鉄道は1924年10月25日に目黒蒲田電鉄の傘下に入り、
この時に社名を東京横浜電鉄に改称した。
東京横浜電鉄によって1926年2月14日に神奈川線の路線名で、
丸子多摩川(現・多摩川)から神奈川(現・廃止)の区間が開業した。
新丸子もこの時に開業した。
1927年8月28日には丸子多摩川から渋谷の区間が延伸、
この時に路線名を東横線に変更した。
1928年5月18日には神奈川から高島町(現・廃止)の区間が延伸、
1932年3月31日に高島町から桜木町(現・廃止)の区間が延伸開業し全通した。
東京横浜電鉄は目黒蒲田電鉄に合併し、
目黒蒲田電鉄が社名を東京横浜電鉄に変更した。
陸上交通事業調整法により、1942年5月1日に、
京浜電気鉄道、小田急電鉄を合併し、社名を東京急行電鉄株式会社に変更した。
1944年5月31日には京王電気鉄道を合併したが、
戦後、1948年6月1日に会社再編成し京浜急行電鉄、小田急電鉄、京王帝都電鉄を設立、
残留した支社から東京急行電鉄を形成した。
2019年4月25日に東急電鉄分割準備株式会社を設立し、
同年9月2日に東京急行電鉄株式会社が「東急株式会社」、
東急電鉄分割準備株式会社が「東急電鉄株式会社」に商号変更の上、
同年10月1日に東急株式会社の鉄軌道事業を、
東急電鉄株式会社に移管して会社分割した。
2004年1月30日で横浜から桜木町の区間が営業終了、
翌日、同年1月31日に東白楽から横浜の区間を高架線から地下線に切り換え、
同年2月1日に横浜高速鉄道みなとみらい線と相互直通運転を開始した。
大倉山に駅が出来たのは、1926年2月14日に、
東京横浜電鉄が神奈川線の路線名で、
丸子多摩川(現・多摩川)から神奈川(現・廃止)の区間を、
開通させたのと同時に開業した。
開業時の駅名は「太尾」だったが、
1932年3月31日に「大倉山」に改称された。
かつては構内踏切が設置されていたが、
1936年6月に地下道が設置された。
1980年代、大倉山から新横浜まで路線を敷設し、
相模鉄道が新横浜から二俣川まで路線を敷設し、
相互直通する計画があった。
しかバブル崩壊などによりこの計画は頓挫した。
その後、東急が日吉から新横浜、
相鉄が新横浜から西谷まで敷設する計画に変更され、
2023年3月18日に開通している。
駅所在地は神奈川県横浜市港北区大倉山一丁目だが、
開業時の地名は「太尾町」で、駅名もそれに合わせてた。
近接する実業家の大倉邦彦が「大倉精神文化研究所」が設置され、
のちに横浜市に売却されて「横浜市大倉山記念館」となった。
駅名もこの「大倉山精神文化研究所」に合わせて変更されたが、
2009年11月に住居表示が変更されて、この付近が大倉山となった。
画像 dd29725
撮影日時 2024/05/26 15:54:44
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綱島駅東口。 画像 dd29724 撮影日時 2024/05/26 15:52:40 |
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