2026.JR東海道本線逢妻駅
JR逢妻駅は相対式2面2線の地上ホームを有する東海道本線の駅である。
1番線は下り方面、2番線は上りが使用する。
画像は南口で、橋上駅舎化されている。
東海道本線は東京から神戸までを結ぶ589.5kmの鉄道路線である。
日本で初めて鉄道が敷設されたのは、
新橋(後の汐留貨物、現・廃止)から横浜(現・桜木町)で、
1872年6月12日に品川から横浜が仮開業し1日2往復していたが、
敷設区間全区間で営業が開始されたのは同年10月14日である。
1874年5月11日には大阪から神戸までの区間が開業、
1876年7月26日には大阪から向日町まで延伸、
同年9月5日には向日町から大宮通仮停車場(原・廃止)まで延伸、
1877年2月6日には大宮通仮停車場から京都まで延伸、
同時に大宮通仮停車場は廃止された。
1879年8月18日には京都から大谷(現・廃止)まで延伸、
1880年7月15日には大谷から大津まで延伸した。
大津から琵琶湖上を船舶で繋ぐ太湖汽船が就航したのは1882年5月1日で、
1883年5月1日には対岸の長浜(現・近江八幡)から関ヶ原までの区間が開業している。
1884年5月25日には関ヶ原から大垣まで延伸した。
資材運搬のため1886年3月1日に武豊から熱田の区間が開業した。
この区間は現在、武豊から大府までが武豊線、
大府から熱田までが東海道本線となっている。
同年4月1日には熱田から清洲(現・枇杷島)までが延伸、
同年5月1日には清洲から一ノ宮(現・尾張一宮)まで延伸、
同年6月1日には一ノ宮から木曽川まで延伸した。
一方、神戸から大垣まで敷設された路線は、
1887年1月21日に大垣から加納(現・岐阜)まで延伸、
同年4月25日には加納から木曽川までが繋がり、
武豊から大府を経由して神戸までの区間が、
琵琶湖上の太湖汽船を経由する形では繋がった。
最初の鉄道敷設区間だった新橋から横浜までの区間も、
同年7月11日に横浜から国府津まで延伸した。
1888年9月1日にはと武豊から大府を経由して木曽川ので敷設された区間の、
大府から浜松までの区間が開業した。
1889年2月1日は新橋から国府津まで開業していた区間に、
国府津から静岡までの区間が現在の御殿場線のルートで延伸開業、
同年4月16日には静岡から浜松の区間が延伸して繋がり、
新橋から神戸までの区間が琵琶湖上の太湖汽船経由で繋がった。
1889年7月1日には大津から大谷(現・廃止)の途中にあった、
馬場(現・膳所)から長浜(現・近江八幡)の区間が開業し、
大津から長浜(現・近江八幡)の太湖汽船を経由せず、
新橋から神戸までが鉄路で繋がり、東海道本線は全通した。
開業は1988年3月13日で、
駅所在地は愛知県刈谷市熊野町二丁目にあり、
刈谷市が建設費の全額を負担した請願駅である。
駅名に関しては由来が駅に表示されている。
『逢妻』の由来
『逢妻』は、刈谷市の西を境川と並行して流れる逢妻川の名に基づく。
逢妻川については、『参河国名所図絵』に
「池鯉鮒(ちりゅう)駅を少し離れて西に在り。
水源加茂郡土橋辺より花園村(豊田市花園町)に至りて海に入、
遇妻川といへるは、昔在原業平に懸想せし女あり、
かきつはた姫と云。業平東へ赴給ふ。
跡を慕いて八橋(知立市八橋町)にて追付けるが、
業平朝廷を憚り、河を隔て偶給ふ。
ゆえに後世遇妻川といふ」とその由来を記している。
ここでいう池鯉鮒駅は、東海道の宿駅を指す。
逢妻はこの地の村の名になり、現在も刈谷市に逢妻町がある。
画像 dd29771
撮影日時 2024/07/21 8:48:50
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JR逢妻駅北口。 画像 dd29774 撮影日時 2024/07/21 8:52:43 |
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