320.JR仙石線多賀城駅
仙石線はその名の通り、仙台から石巻を結ぶ路線で、東北エリアでは珍しく直流区間である。
そのため103系や山手線から中間車の先頭車両化工事を施された205系3100番台が走っている。
仙台の隣り駅、あおば通から地下区間を通り陸前原ノ町駅を出たところで地上に出る。
東塩釜駅までは複線だが、そこから石巻までは単線区間となっている。
そのため仙台に近いエリアでは運転本数が多いが、石巻に近づくに連れて運転本数は少なくなっていく。
JR多賀城駅は仙石線の前身である宮城電気鉄道が1925年6月5日に仙台−西塩釜間を開通させた時に同時に開業した駅である。
当駅止まりの設定もあるため、駅は2面3線の国鉄時代に造られた駅に多い線形になっている。
駅に設置されている「多賀城駅の駅名由来」には以下の通り書かれている。
「多賀城」は神亀元年(七二四)に陸奥国を治めるために作られた役所で、
国府・鎮守府が現在の多賀城市市川・浮島に置かれました。
また、多賀城は出羽国をも支配し、
さらに東北地方北部に広がる広大な蝦夷(えみし)の地を律令国家に組み込むという役割も担っており、
古代東北全域を管轄下に収める一大政治拠点だったと考えられています。
昭和三十五年から始まった発掘調査の結果では、
築地塀(ついじべい)で囲まれた九〇〇メートル四方のほぼ中心に政庁が、
また城内各所には実務官衙(じつむかんが)が点在していたことがわかりました。
明治二十二年四月の市町村制施行の際、
それまでの新田、高橋、山王、南宮、市川、浮島、高崎、田中、留谷、八幡、大代、下馬、笠神の
十三ヶ村の連合村を一区域とした村名を命名することになり、
歴史上名高い多賀城の名を永久に残す意味において多賀城村と命名しました。
この地名の由来を受けて、大正十四年(一九二五)六月五日、
宮城電気鉄道(現在の仙石線)の仙台〜西塩釜開聞通の時、多賀城駅が開業しました。
画像 de7786
撮影時刻 2003/05/18 11:00:12
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