325.JR中央本線吉祥寺駅




吉祥寺駅は中央本線の駅として中央快速線、総武線と直通運転される緩行線の駅のほか、京王井の頭線の終点駅にもなっている。
吉祥寺駅が開業したのは現在の中央本線の礎となった甲武鉄道が新宿−立川間を開業させた1889年の10年後、1899年に開設された。
新宿−立川間が開業した当時の停車駅は中野、荻窪、境(現・武蔵境)である。
1919年には東京−吉祥時間で直通運転が開始された。
1934年には井の頭線渋谷−吉祥時間が開通した。
現在は井の頭線は京王電鉄の路線だが、開業当時は小田急小田原線の支線として誕生した。
東京西部地区の私鉄は戦前、東京横浜電鉄(現・東急東横線)によって次々に合併された。
小田急電鉄も京浜電気鉄道(現・京浜急行電鉄)、京王電気軌道(現・京王電鉄)とともに吸収され、井の頭線も東急の路線だったことがあった。
戦後GHQによって寡占企業の解体で東急(大東急)から小田急、京王、京急が分離独立した。
その際、東京横浜電気傘下の箱根登山鉄道、江ノ島電鉄を小田急が傘下に入れるかわりに、
小田急の支線だった井の頭線が放出され、京王の路線として再スタートを切った。
そのため京王線(本線)と京王井の頭線は明大前駅で交差しているにもかかわらず、直通運転はされていない。
“吉祥寺”の名は1458年、太田道灌が江戸城築城の際に井戸を掘ったところ「吉祥増上」と印された金印が発見され、
江戸城内に「吉祥寺」を建立したことに始まり、
この寺は1951年、神田台(現・駿河台)に移転し、1657年、明暦の大火(振袖火事)によって類焼したことを契機に、
文京区本駒込に七堂伽藍を建立し移転した。
この大火で家を失った門前に住む人たちは武蔵野の移住し、愛着ある名を地名にしたことが武蔵野の吉祥寺の始まりとされている。
二代将軍家光が青梅・五日市両街道を整備し、1629年に井之頭池から神田上水を引き、1653年に多摩川から玉川上水を引き、
水源が確保されたおかげでこの地は農地の開発が進み発展し、
時代は進んで1923年の関東大震災で被災した人々がこの地に移住して急速に人口増加が進み、
戦時中は強制疎開により駅前に広場が出来て戦後にはヤミ市が駅前に出現した。
当時の面影はハーモニカ横丁に残っている。
1969年に駅ビル「ロンロン」が誕生し、大型百貨店の進出が進んで吉祥寺は最新のファッションとサブカルチャーの混在する街へと発展した。


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撮影時刻 2003/06/07 10:44:14

吉祥寺駅公園口(南口)。
JRと京王の共通口となっていて、
井の頭公園方面の出入り口となっている。



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撮影時刻 2003/06/07 10:38:13


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