325.JR中央本線吉祥寺駅
JR吉祥寺駅は島式2面4線の、
高架ホームを有する中央本線の駅である。
中央本線は東京を起点とした快速線と、
総武線と相互直通する緩行線に分かれ、
1番線は中央・総武緩行線西行三鷹方面が使用、
2番線は中央・総武緩行線東行千葉方面が使用、
3番線は中央快速線下り、4番線は中央快速線上りが使用する。
また京王井の頭線の終着駅ともなっており、
頭端式2面2線の高架ホームを有している。
甲武鉄道が新宿から立川まで延伸した1889年4月11日の約10年後、
1899年12月30日に開業した。
新宿から立川の区間が開業した当時の停車駅は中野、荻窪、境(現・武蔵境)である。
甲武鉄道は1906年10月1日に国有化され、
1909年10月12日の線路名称制定で中央東線となり、
1911年5月1日に中央西線が全通し中央東線に編入、
昌平橋(現・廃止)から塩尻、名古屋までの区間が中央本線となる。
1914年12月30日に東京駅が開業、
1919年3月1日に万世橋(現・廃止)から東京まで延伸、中央本線は全通した。
現在の京王井の頭線を敷設したのは帝都電鉄で、
1934年4月1日に井の頭公園から吉祥寺まで延伸、全通した。
帝都電鉄は1940年5月1日に小田原急行電鉄(現・小田急電鉄)に合併、
戦時中の1942年5月1日に東京横浜電鉄に合併、
社名を東京急行電鉄に変更した。
戦後GHQによって寡占企業の解体で、
東急から小田急、京王、京急が分離独立していったが、
この時、東京横浜電気傘下の箱根登山鉄道、江ノ島電鉄を、
小田急が傘下に入れるかわりに、
路線規模の小さい京王に譲渡することとなり、
京王は京王帝都電鉄となる。
小田急合併時は帝都線の名称だったが、
この時に井の頭線に路線名称を変更した。
そのため、京王本線と井の頭線では軌間が異なり、
京王本線井の頭線は明大前駅で交差しているにもかかわらず、
直通運転はされていない。
駅名の「吉祥寺」は1458年に太田道灌が江戸城築城の際に井戸を掘ったところ、
「吉祥増上」と印された金印が発見され、
江戸城内に「吉祥寺」を建立したことに始まり、
この寺は1951年、神田台(現・駿河台)に移転し、
1657年、明暦の大火(振袖火事)によって類焼したことを契機に、
文京区本駒込に七堂伽藍を建立し移転した。
この大火で家を失った門前に住む人たちは武蔵野の移住し、
愛着ある名を地名にしたことが武蔵野の吉祥寺の始まりとされている。
二代将軍家光が青梅・五日市両街道を整備し、
1629年に井之頭池から神田上水を引き、
1653年に多摩川から玉川上水を引き、
水源が確保されたおかげでこの地は農地の開発が進み発展し、
時代は進んで1923年の関東大震災で被災した人々がこの地に移住して急速に人口増加が進み、
戦時中は強制疎開により駅前に広場が出来て戦後にはヤミ市が駅前に出現した。
当時の面影はハーモニカ横丁に残っている。
画像 dd22549
撮影日時 2016/07/17 17:05:06
リニューアル前の吉祥寺駅駅舎。 画像 de7915 撮影時刻 2003/06/07 10:44:14 |
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吉祥寺駅公園口(南口)。 JRと京王の共通口となっていて、 井の頭公園方面の出入り口となっている。 画像 de7911 撮影時刻 2003/06/07 10:38:13 |
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