450.JR総武本線成東駅



JR成東駅は総武本線と東金線の2面4線の地上駅である。
駅舎も地上にあり、駅舎と接して1面1線の0番線があり、その奥に島式1面2線が1番線から3番線となっている。
1887年に設立された総州鉄道、武総鉄道を母体として設立された総武鉄道により、
1897年7月20日に市川−佐倉間が開通したのと同時に開業した。
鉄道国有法により現在の総武本線が1907年に国有化された。
1911年には東金線が東金から成東まで延伸開業した。
太平洋戦争末期の1945年8月13日に空襲に遭い、弾薬を積んだ貨物に引火し、爆発して消火に当たっていた将校が死亡した。
この事件に関して「礎」という大きな文字が彫られている石碑が立っていて、
その脇には木製の説明書きがあり、以下のように書かれている。

   礎について

 昭和二十年八月十三日、敵機グラマンの攻撃を受け、成東町構内下り一番線に停留中の軍弾薬積載貨車は十一時四十分火煙を発した。
 之を認めた国鉄職員十五名将兵二十七名は、被害を最小限度に止めようと機を失せず身を挺して貨車の隔離消化に努め、
 一方旅客及び町民を避難させたが、必死の検討も空しく十一時五十六分弾薬は遂に爆発して全員悉く壮烈な最後を遂げ、平和の礎と化しました。
 昭和三十二年八月十三回忌に当り、その功績を称え、町民及び鉄道職員を初め多数の方々の御支援によって茲に礎の碑を建立せられました。

もうひとつ駅の脇にも石碑が建てられていて、
石碑の脇には蒸気機関車の動輪も設置されている。
石碑には大きく「魁」と書かれ、その下に以下のように説明書きが彫られている。

 わが両総の地に世に魁(さきがけ)て鉄道施設の狼煙をあげ生涯をこの事業に捧げた人は実にわが成東町の先覚安井理民氏である。
 氏は安政六年(一八五九年)三月わが町の素封安井家に生まれ二十才で既に戸長として町政を担った青年戸長の夢は常に大きかった。
 やがて県下に鉄道を敷き交通運輸の便を計り郷土の一大発展を図ろうとの大理想を抱き明治十九年決然立ってその運動にはいった。
 まず東京神田に創立事務所を設け本町の塚本正脩氏を事務長に推し相扶け相謀り各地の有力者を歴訪しては参加を需め
 或は各種資料の調査研究に或は誓願に或は資金集め東奔西走の日々が続いた。
 かくて釆後七年有餘の血みどろの活動は遂に家産を傾けあまつさえ病を得て再び起たず明治二十七年二月十六日可惜奮闘の生涯を閉じた。
 享年三十有六才。
 しかしその事業は後人に受継がれ明治三十年六月佐倉銚子間の開通を最後に両総を縦断する総武鉄道全線の完成を見るに至り
 氏の点じた灯の光は皓々と輝き亘ったのである。
 わが町は茲に記念碑を建て以て永く氏の功績を称えんとするものである。
    昭和四十六年二月十六日
                         成東町


画像 de9260
撮影時刻 2005/02/26 09:42:50



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