462.JR北陸本線高岡駅



JR高岡駅は北陸本線のほか、城端までを結ぶ城端線、氷見までを結ぶ氷見線の始発駅としても機能するターミナル駅である。
北口の方が開けており、こちら側にはロータリーの先に万葉線高岡駅前電鉄がある。
万葉線は高岡市、新湊市が中心となって設立した第三セクターで、廃止が決まった加越能鉄道が所有する高岡軌道線、新湊港線を引き継いだ。
設立の経緯から高岡駅前から六渡寺の7.9kmは軌道線、六渡寺から越ノ潟の4.9kmは鉄道線となっているが、ひとつの路線として運営されている。
高岡駅の開業は1898年1月2日で、中越鉄道の駅として開業した。
1899年11月1日に官営鉄道北陸線(現・北陸本線)がそこに乗り入れる形になっている。
中越鉄道が富山県に初めて鉄道を施設したのは1897年5月4日で、
この時は北陸線の計画はあったもののまだ場所が決まっていなかったので黒田駅を暫定の始発駅として出発した。
この駅は高岡駅の位置が決まり、中越鉄道が高岡駅始発になると廃止されてしまった。
この中越鉄道が1920年9月1日に国有化され、国鉄中越線となり、1942年に城端線と改称された。
氷見線も中越鉄道によって1900年12月29日に伏木まで部分開業し、1912年までに氷見まで全通した。
中越鉄道国有化の際、城端−伏木間が中越線、伏木−氷見間が氷見軽便線となるが、
1922年には氷見軽便線を氷見線に改称、1942年に氷見線を現在の高岡−氷見間に変更している。
駅前のロータリーには大伴家持が花を摘む少女達を見て歌を詠んでいる銅像が建っており、
そこには以下のような解説が付いている。
「かたかごの花をよぢ折る歌

  もののふの八十(やそ)をとめらが
    悒みまがふ
  寺井の上の
    かたかごの花

大伴家持卿

大伴家持卿は、日本最古で最大の歌集「万葉集」の代表的な歌人であり、
その編纂に深い関係があるとされている。
天平十八年(七四六)から天平勝宝三年(七五一)までの五年間、
越中国守として高岡市伏木古国府に在任し、
この間越中を中心とした豊かな風土に接して約二二〇首の歌を詠んだ。」
因みに“かたかご”とは漢字で「堅香子」と書き、片栗のことだそうである。


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撮影時刻 2003/09/06 14:28:51

JR高岡駅南口。
駅前にはオブジェがあり、
それがローマ字でTAKAOKAになっている。


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撮影時刻 2003/09/06 13:25:44


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