786.JR伯備線総社駅



JR総社駅は単式1面1線と島式2面4線、
島式ホームに切欠きホーム1線を加えた計3面6線の地上ホームを有する伯備線の有人駅である。
また第三セクターの井原鉄道も乗り入れ、総社を起点としている。
吉備線の終点でもあり、2社、3路線が乗り入れている。
1番線、3番線が吉備線、2番線から4番線を伯備線、5番線、6番線を井原鉄道が使用する。
伯備線総社−清音間はJR西日本と井原鉄道が線路を共有、重複区間となっている。
1925年2月17日に伯備南線が倉敷から宍粟(現・豪渓)間が開業した時に西総社として開業した。
同年8月7日には中国鉄道吉備線が総社(現・東総社)から延伸し接続する。
伯備線は1919年8月10日に伯耆大山から伯備北線として敷設を開始、
1928年10月25日に伯備北線と伯備南線が接続、伯備北線を伯備南線に編入し伯備線とした。
戦時中の1944年6月1日には中国鉄道が国有化され、
1959年11月1日に総社に改称、
国鉄分割民営化から約2年後の1999年1月11日に旧日本鉄道建設公団建設線であった井原線を、
第三セクターの井原鉄道が受け継いで開通させた。
駅前のロータリーには“雪舟”の石像がある。
雪舟といえば幼少時に寺に入ったが経を読まずに絵ばかり描いていたため、
和尚さんに仏堂に縛られてしまったが、こぼれた涙を使って足の指で鼠を描き、
それがあまりにも素晴らしかったために絵を描くことを許されたというエピソードが有名。
石像には「雪舟さんは総社市赤浜で生まれました」と書かれている。
また高木聖鶴の書による「黒媛の歌」のモニュメントもある。
黒媛は吉備では美人で有名で仁徳天皇が宮中へ呼び寄せたが、
后の磐之媛命(いわのひめのみこと)の嫉妬で宮中都にいられなくなり、また吉備に戻った。
しかし仁徳天皇はどうしても黒媛に逢いたくて、
わざわざ吉備まで逢いに行ったというエピソードが残っている。
「黒媛の歌」には「やまとへに西風ふきあけて雲離れ 退きおりとも我忘れめや」とある。


画像 dd04782
撮影時刻 2006/01/21 12:27:19

幼年雪舟像。


画像 dd04783
撮影時刻 2006/01/21 12:28:31




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