800.東急電鉄武蔵小山駅
東急電鉄武蔵小山駅は島式2面4線の、
地下ホームを有する東急目黒線の駅である。
1番線は下り待避線、2番線は下り主本線、
3番線は上り主本線、4番線は上り待避線である。
地上駅時代は島式1面2線だったが、
地下化にあたって急行待避も可能な2面4線構造になった。
東急電鉄は渋沢栄一らによって1918年9月2日に設立された、
宅地開発の田園都市株式会社の鉄道部門が、
1922年7月22日に独立して目黒蒲田電鉄を祖とする。
田園都市傘下のの荏原電気鉄道が取得していた、
大井町から 調布村(現・多摩川)の免許を無償譲渡、
田園都市が目黒線として着工していた大崎町(現・目黒)から、
調布村(現・多摩川)までの工事区間、
武蔵野電気鉄道から調布村(現・多摩川)から、
蒲田までの敷設権を有償譲渡されて設立した。
目黒蒲田電鉄は1923年3月11日に目黒線の、
目黒から丸子(現・沼部)の区間が開通した。
丸子から蒲田までは蒲田線として着工され、
1923年11月1日に全通した。
この時、目黒線と蒲田線を合わせて目蒲線とした。
現在の東横線を敷設した武蔵電気鉄道は、
1924年10月25日に目黒蒲田電鉄の傘下に入り、
この時に社名を東京横浜電鉄に改称した。
東京横浜電鉄は神奈川線の名称で1926年2月14日に、
丸子多摩川(現・多摩川)から神奈川(現・廃止)の区間を開業した。
1927年8月28日には丸子多摩川から渋谷の区間が延伸、
この時に路線名を東横線に変更した。
目黒蒲田電鉄は1924年10月7日に東京横浜電鉄を合併、
同年10月25日に社名を東京横浜電鉄に変更した。
陸上交通事業調整法により、1942年5月1日に、
京浜電気鉄道、小田急電鉄を合併し、社名を東京急行電鉄株式会社に変更した。
1944年5月31日には京王電気鉄道を合併したが、
戦後、1948年6月1日に会社再編成し京浜急行電鉄、小田急電鉄、京王帝都電鉄を設立、
残留した支社から東京急行電鉄を形成した。
2019年4月25日に東急電鉄分割準備株式会社を設立し、
同年9月2日に東京急行電鉄株式会社が「東急株式会社」、
東急電鉄分割準備株式会社が「東急電鉄株式会社」に商号変更の上、
同年10月1日に東急株式会社の鉄軌道事業を、
東急電鉄株式会社に移管して会社分割した。
東横線は1988年3月11日から複々線化の工事を開始、
2000年8月6日に多摩川から武蔵小杉の区間の複々線化が完成、
これに合わせて目蒲線を目黒から武蔵小杉までをを目黒線、
多摩川から蒲田の区間を東急多摩川線に分割した。
目黒線は2008年6月22日に武蔵小杉から日吉まで延伸し、全通した。
1923年3月11日に東急目蒲線の駅として開業、
開業当初は“小山”の駅名だったが、
翌年1924年4月20日に“武蔵小山”と改称した。
2000年8月6日に目蒲線が目黒線と東急多摩川線に分割され、
武蔵小山は目黒線の駅となった。
駅所在地は東京都品川区小山三丁目で、
駅名は所在地から取られているが、
東北本線に“小山”が存在し、混同を避けるため、
翌年に旧国名を冠して“武蔵小山”に変更された。
画像 dd26394
撮影日時 2020/11/08 12:37:51
![]() |
地下化工事中の地上駅舎時代。 画像 dd05441 撮影時刻 2006/04/29 09:24:35 |
REI RINGONO Station
All rights reserved,
Copyright (C) Semisweet Apple Company and REI RINGONO 2013-2024