827.南海電鉄浜寺公園駅




南海電鉄浜寺公園駅は島式1面2線と単式1面1線に、
単式ホームの一部を切り欠いた1線の計2面4線の地上ホームを有する南海本線の有人駅である。
1897年10月1日に南海鉄道が堺から佐野(現・泉佐野)まで延伸した時に同時に開業した。
開業時は浜寺の駅名だったが、その10年後の1907年8月20日に浜寺公園と改称された。
この年に現在の駅舎が辰野金吾氏の設計により建設され、この木造平屋建ての駅舎は1988年に国の登録有形文化財に登録された。
戦時中の1944年6月1日に戦時統合により近畿日本鉄道の駅となり、1947年6月1日に近畿日本鉄道から南海電気鉄道が分離され、同社の所属となる。
大阪府(現在は政令指定都市に移行した堺市)の連続立体交差事業により南海線の高架化により、2018年3月に高架化されることが決まっている。
それに伴ってこの駅舎の去就も論議されたが、高架化による新駅舎の正面に移築されることになった。
浜寺公園駅は私鉄最古の駅として、また明治に建てられた洋風木造建築物として、
堺西ロータリークラブ創立5周年記念に1988年2月23日に建てられた石碑には、
以下のように書かれている。

 浜寺公園駅は、明治40年(1907年)我が国近代建築の元勲といわれた、
 東京帝国大学 工科大学学長 辰野金吾・片岡安博士設計により建てられた洋風木造建築物である。
 屋根の正面に見えるトーマ窓(屋根窓)や、
 柱の骨組みを壁に埋めず装飾模様として活かすハーフチンバー様式(木骨真壁造り)、
 また、鹿鳴館の二階ベランダ部分に用いられた柱と似た玄関柱が特徴である。
 私鉄最古の歴史ある明治の駅として、地元をはじめ多くの人々から親しまれ、
 日本建築学会など学術的にも高く評価されている。

南海電鉄浜寺公園駅から約130mの距離に阪堺電気軌道浜寺駅前電停がある。
阪堺電軌の南側の終点駅であり、道を挟んだ反対側には浜寺公園がある。
阪堺電気軌道はその名の通り、大阪市と堺市を結ぶ路面電車であり、
それまで南海電鉄が所有していた軌道の平野線を廃止し、
阪堺線、上町線を引き継いで1980年(昭和55年)12月1日発足した、
南海電鉄の100%子会社である。
阪堺線は恵美須町から浜寺駅前までの14.1km、30電停で、
恵美須町では大阪市営地下鉄堺筋線、
隣の南霞町ではJR大阪環状線、南海電鉄の新今宮駅、
住吉鳥居前で南海電鉄住吉大社前駅、
浜寺駅前で南海電鉄浜寺公園駅に接続している。
上町線は天王寺駅前から住吉公園までの4.6km、11電停で、
天王寺駅前でJR西日本大阪環状線の天王寺駅、
住吉公園駅で南海電鉄住吉大社駅に接続している。
この二つの路線は住吉駅で交差している。
阪堺線はもともと阪堺電気軌道が1911年12月1日に部分開業させたのが始まりで、
1912年には恵美須町から浜寺駅前までの全区間が開通している。
1915年6月21日には南海鉄道に合併された。
南海鉄道は現在の南海電鉄の元となった会社で、
戦時中に関西急行鉄道と合併して近畿日本鉄道となったが、
戦後、再分離されて南海電鉄となり、1980年12月1日に阪堺電気軌道として分社化された。
上町線は大阪馬車鉄道が1900年9月20日に部分開業させたのが始まりで、
1902年には天王寺西門から下住吉(現・住吉)までの区間が完成している。
1907年3月には大阪電気鉄道と改称、10月には浪速電気軌道と相次いで改称した。
1909年12月24日には南海鉄道に合併され、上町線となる。
その後1980年に阪堺線とともに阪堺電気軌道の路線となる。


画像 dd06491
撮影時刻 2006/08/25 10:12:46

浜寺公園駅東口。


画像 dd08740
撮影時刻 2007/07/08 11:29:51




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