911.JR中央本線中津川駅



JR中津川駅は単式1面1線と島式1面2線の計2面3線の地上ホームを有する中央本線の駅である。
単式ホームの1番線は上り列車、島式ホームの2番線が上下線の副本線として使用、3番線は下り列車が使用する。
3番線の西側には何本かの留置線があり、夜間停泊も設定されている。
1902年12月21日に官設鉄道として多治見から延伸した時に同時に開業した。
開業時は終着駅だったが、1908年8月1日には坂下まで延伸し、途中駅になった。
1909年10月12日の線路名称制定により中央西線となり、1911年5月1日に中央西線と中央東線が繋がり、中央本線となった。
開業時の駅名は“中津”だったが、1911年6月1日に中津川に改称された。
1924年8月5日には北恵那鉄道線が中津町から下付知まで開業したが、1978年9月19日に廃止された。
また中津川は「栗きんとん発祥の地」でもあり、
駅前には石碑まで建てられ、そこには以下のように書かれている。

 「栗きんとんの歴史

 瓜はめば 子ども思はゆ 久利(くり)はめば まして偲はゆ・・
  奈良朝の歌人山上憶良の歌にもあり、栗は古くから食され、
 また年貢として納められたという記録もあるように、
 江戸時代には苗木遠山氏が上地木曽川畔の栗の実を、
 将軍家に献上していたという記録も残っています。
 中津川は山間地にあり山栗が多く収穫され、
 干栗、焼き栗、栗飯などのほか、
 茹でた栗の中身を取り出し細かくほぐし茶巾で絞った
 栗きんとんの原形も食されていました。
 しかもこの地では煎茶が盛んで、近所同士の交際も広く、
 互いのお茶うけ自慢も重なって『栗きんとん』は
 山国の秋の味覚の一品として重宝がられてきました。
  こうした地の利から、先人たちは栗の栽培が始まったといわれる
 大正時代以前の明治中頃には既に『栗きんとん』を商品として
 販売していたと言われ、今日では中津川を代表する銘菓として
 広く知られ親しまれています。」


画像 dd07864
撮影時刻 2007/03/04 10:05:34

駅前の栗きんとん発祥の地の石碑。


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撮影時刻 2007/03/04 10:06:10




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