948.和歌山電鐵貴志駅



和歌山電鐵貴志駅は単式1面1線の地上ホームを有する貴志川線の終着駅である。
線路はホームを超えて踏切の先に2両分の引上線がある。
1933年8月18日に和歌山鉄道が伊太祁曽駅(現・伊太祈曽)から貴志まで延伸開業した時に同時に開業した。
和歌山鉄道は1957年11月1日に和歌山電気軌道と合併、同社の鉄道線となる。
さらに1961年11月1日に和歌山電気軌道は南海電気鉄道と合併、同社の貴志線となる。
しかし南海電鉄は利用客減による赤字から貴志川線の廃止を決定、
それを受けて地元の有志が中心となり存続運動が起こって、
その熱意を受けて両備グループが中核となって岡山電軌の子会社として和歌山電鉄が設立された。
観光特需を期待して岡山電軌のMOMOをデザインした水戸岡鋭治氏がオリジナルデザインの電車を走らせたり、
また終点の貴志駅では、隣接する売店の飼い猫のたまを駅長に任命したりと、いろいろな経営努力がなされている。
両備グループのデザイン顧問には“MOMO”やJR九州の車両デザインで知られる水戸岡鋭治氏がいて、
南海から無償で譲り受けた2270系をデザインして、「いちご電車」、「おもちゃ電車」として走らせている。
特におもちゃ電車は外装や車内のデザインだけではなく、
実際におもちゃを飾ったり、“ガチャガチャ”を設置するなど、
こどもでなくても乗っているだけで楽しい気分にさせてくれる電車である。
かつてここまで“遊び”を取り入れた車両デザインがあっただろうか。
この「おもちゃ電車」はそれだけに大盛況で、
外国人を含む多くの乗客がこの電車に乗るために和歌山を訪れている。
ましてや子供たちは車内で大はしゃぎである。
普段ならちょっと顰蹙の行為だが、この電車の中ならそれも許せる気持ちなるから不思議だ。
この貴志駅は和歌山電鉄時代は有人駅で駅の隣には倉庫が建てられていたが、
和歌山電鉄に移管するにあたって倉庫を撤去してこの土地を紀の川市に売却、自転車置き場となった。
駅舎と倉庫の間には保線区の人たちや駅員が会社に内緒で飼っていた猫がいる猫小屋があり、
無人化にあたって駅舎の中にある小山商店の店主が飼い主となった。
しかし紀の川市は公有地の猫小屋を撤去することを求め、
困った小山商店の店主はわかやま電鉄の社長も務める両備グループの代表小嶋光信氏に相談、
改札口に座り、地元の人たちに愛されている猫のタマを駅長に任命するアイディアを思いつき、
日本で初めて正式に業務委託を受けた猫の駅長が誕生した。
業務委託を受けた上にはちゃんとギャラも発生し、年俸はキャットフード1年分である。
さらに“たま駅長”効果は赤字に喘いでいた貴志川線の収益改善に大きく関与し、
それが認められて「たま」は“駅長”から“スーパー駅長”に昇進した。
これは両備グループでは課長職に相当するそうである。
母親のミーコと同居するちびも助役に抜擢され、3匹の人気で貴志川駅は盛況である。
「スーパー駅長」就任に合わせて駅事務室の跡地を利用して猫専用の駅長室も設置された。
2010年8月4日ににはドーンデザイン研究所の水戸岡鋭治氏がデザインした新駅舎が竣工、
“たまミュージアム貴志駅”の名で使用を開始した。


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撮影時刻 2007/07/06 14:19:45

貴志駅のたま駅長。


画像 dd09929
撮影時刻 2008/04/12 12:10:31




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