953.JR東海道本線石山駅



JR石山駅は島式2面4線の地上ホームを有する東海道本線の駅である。
東海道本線のうち、大阪から米原までの区間には琵琶湖線の愛称がつけられている。
1番線下り特急と一部の列車、2番線は下り主本線、3番線は上り主本線、4番線は上り特急と一部の列車が使用する。
更にホームのない通過線が1番線と4番線の外側に設置されている。
1903年4月1日に現在の東海道本線にあたる官設鉄道東海道線が草津から馬場(現・膳所)まで延伸した時に同時に開業した。
1909年10月12日にの線路名称制定により東海道本線の所属となる。
現在の駅舎は2005年に完成、2月5日にコンコースの供用を開始、
同年4月1日に京阪石山駅が現在の場所に移転してきて、乗り換えが便利となった。
コンコースには松尾芭蕉の銅像が建っている。

    松尾芭蕉(一六四四〜一六九四)

 伊賀上野に生まれた芭蕉は四十二歳(数え年、貞享二・一六八五)のときにはじめて大津を訪れた。
 「野ざらし紀行」の旅の途中、大津に滞在していた芭蕉のもとに門弟が集まり、湖南蕉門が形成された。
 以来、大津が気に入った芭蕉は、基礎塚の草庵(現・義仲寺、大津市馬場一丁目)に仮住まいし、
 その後(元禄三・一六九〇)近津尾神社(大津市国分一丁目)境内にあった草庵「幻住庵」に滞在し、
 ここで過ごした4ヶ月を「幻住庵記」に記している。
 旅先の大阪で五十一歳の生涯を閉じ(元禄七・一六九四)、遺体は遺言により義仲寺に埋葬された。

    旧東海道

 旧東海道は、現在地である石山駅前広場の東端を南北にとおり、
 江戸幕府による調査記録から、
 このあたりの道幅は三間余(約6m)あったようである。
 石山駅付近の旧東海道沿いには近衛八景「粟津の晴嵐」で知られる
 松並木が広がっていた。


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撮影時刻 2007/07/07 12:41:37

現在の石山駅のJR側の改札口。


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撮影時刻 2007/07/07 12:38:04
改築前の石山駅南口。
すでに工事が始まっていた。


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撮影時刻 2003/09/07 16:03:46
現在の石山駅北口。


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撮影時刻 2007/07/07 12:48:31
改築前の石山駅北口。
こちら側は大きく変わりはない。


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撮影時刻 2003/09/07 16:08:51




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