997.JR奥羽本線後三年駅



JR後三年駅は単式1面1線と島式1面2線の計2面3線の地上ホームを有する奥羽本線の駅である。
奥羽本線の大曲から横手までは、奥羽北線として青森から延伸していき最後の区間として1905年6月15日に開通した。
同年9月14日には奥羽南線が福島から延伸して最後の延伸区間である湯沢から横手が開通、奥羽本線は全通した。
後三年は1921年12月12日に開業した。
画像は旧駅舎で、2012年12月22日には2013年の秋田デスティネーションキャンペーンに合わせて新駅舎が完成している。
駅名はこの付近で起きた“後三年の役”に由来し、駅舎前にはその解説が以下のように書かれている。

 後三年の役

 奥羽を支配した清原氏の内紛に端を発し発した争いは、
 後に源氏の介入により後三年の役へと発展しました。
 清原家衡、武衡軍と、藤原清衡、源義家軍との戦いは、
 「雁行の乱れ」や「剛臆の座」、「鎌倉源五郎影正の奮戦」など
 数々の逸話を今に残しています。
 一〇八六年、沼の柵(横手市雄物川町)で清衡、義家軍に勝利した家衡、武衡軍は、
 より堅固で難攻不落といわれた金沢柵(横手市)に本拠を移し、
 ここで最後の攻防が行われることになりました。
 金沢柵の堅い守りに清衡、義家軍は日本史上初といわれる兵糧攻めを展開、
 堅城の誉れ高い金沢柵も一〇八七問十一月十四日、ついに戦火の中に落ちました。
 家衡、武衡も討ち取られここに後三年の役は集結、
 藤原清衡は北方の王者の初代として奥州平泉文化の基礎を築くことになります。


画像 dd09196
撮影時刻 2007/11/16 13:29:14

ホームに見えるように立っている看板。


画像 dd09202
撮影時刻 2007/11/16 13:31:02




REI RINGONO Station
All rights reserved,
Copyright (C) Semisweet Apple Company and REI RINGONO 2015