1565.JR東海道本線掛川駅

JR掛川駅は単式1面1線と島式1面2線の、
計2面3線の地上ホームを有する東海道本線の駅である。
画像は北口で在来線の駅舎であり、直通する1番線は、
掛川折り返しの下り列車と一部の上り列車が使用、
島式ホームの2番線は下り、3番線は上りが使用する。
駅舎側の単式ホームと島式ホームは跨線橋によって結ばれている。
3番線の外側に留置線もある。
掛川は東海道新幹線のホームもあり、相対式2面2線の高架ホームを有する。
在来線と連番で付番されており、
4番線は上り、5番線は下りが使用する。
また4番線と5番線の間には上下の通過線がある。
新幹線ホームのある南口には「アスティ掛川」という複合商業施設がある。
また南北の自由通路は地下通路になっている。
東海道本線は東京から神戸までを結ぶ589.5kmの鉄道路線である。
日本で初めて鉄道が敷設されたのは、
新橋(後の汐留貨物、現・廃止)から横浜(現・桜木町)で、
1872年6月12日に品川から横浜が仮開業し1日2往復していたが、
敷設区間全区間で営業が開始されたのは同年10月14日である。
1874年5月11日には大阪から神戸までの区間が開業、
1876年7月26日には大阪から向日町まで延伸、
同年9月5日には向日町から大宮通仮停車場(原・廃止)まで延伸、
1877年2月6日には大宮通仮停車場から京都まで延伸、
同時に大宮通仮停車場は廃止された。
1879年8月18日には京都から大谷(現・廃止)まで延伸、
1880年7月15日には大谷から大津まで延伸した。
大津から琵琶湖上を船舶で繋ぐ太湖汽船が就航したのは1882年5月1日で、
1883年5月1日には対岸の長浜(現・近江八幡)から関ヶ原までの区間が開業している。
1884年5月25日には関ヶ原から大垣まで延伸した。
資材運搬のため1886年3月1日に武豊から熱田の区間が開業した。
この区間は現在、武豊から大府までが武豊線、
大府から熱田までが東海道本線となっている。
同年4月1日には熱田から清洲(現・枇杷島)までが延伸、
同年5月1日には清洲から一ノ宮(現・尾張一宮)まで延伸、
同年6月1日には一ノ宮から木曽川まで延伸した。
一方、神戸から大垣まで敷設された路線は、
1887年1月21日に大垣から加納(現・岐阜)まで延伸、
同年4月25日には加納から木曽川までが繋がり、
武豊から大府を経由して神戸までの区間が、
琵琶湖上の太湖汽船を経由する形では繋がった。
最初の鉄道敷設区間だった新橋から横浜までの区間も、
同年7月11日に横浜から国府津まで延伸した。
1888年9月1日にはと武豊から大府を経由して木曽川ので敷設された区間の、
大府から浜松までの区間が開業した。
1889年2月1日は新橋から国府津まで開業していた区間に、
国府津から静岡までの区間が現在の御殿場線のルートで延伸開業、
同年4月16日には静岡から浜松の区間が延伸して繋がり、
新橋から神戸までの区間が琵琶湖上の太湖汽船経由で繋がった。
1889年7月1日には大津から大谷(現・廃止)の途中にあった、
馬場(現・膳所)から長浜(現・近江八幡)の区間が開業し、
大津から長浜(現・近江八幡)の太湖汽船を経由せず、
新橋から神戸までが鉄路で繋がり、東海道本線は全通した。
掛川に駅が出来たのは1889年4月16日で、
官設鉄道として静岡から浜松まで延伸したのと同時である。
1935年4月17日には二俣線が遠州森まで開通、起点駅となった。
しかし二俣線は国鉄分割民営化直前の1987年3月15日に廃線となり、
第三セクターの天使流浜名湖鉄道に移管された。
東海道新幹線の開業時には掛川には駅は設置されず、
請願駅として開業したのは1988年3月13日である。
北口駅舎は戦前の1940年6月に建築された木造駅舎を、
一度解体して耐震化工事を施し、2014年1月26日に供用を開始した。
画像 dd29921
撮影日時 2024/07/22 14:15:23
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JR掛川駅南口。 画像 dd29928 撮影日時 2024/07/22 14:49:00 |
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