2011.東急電鉄雪が谷大塚駅



東急雪が谷大塚駅は島式1面2線の地上ホームを有する池上線の駅である。
1番線は下り蒲田方面、2番線は上り五反田方面が使用する。
雪が谷大塚が終着、始発の列車のために蒲田側の駅前踏切の先に渡り線がある。
画像は西口で、橋上駅舎化されている。
池上線は1917年6月24日に設立された、
池上電気鉄道によって敷設された路線で、
池上本門寺への参詣客輸送を目的に計画された。
1922年10月6日に蒲田から池上までの区間が開業、
翌年、1923年5月4日に雪ヶ谷(現・雪が谷大塚)まで延伸、
1927年8月28日には桐ヶ谷(現廃止・大崎広小路−戸越銀座駅間)まで延伸、
同年10月9日に大崎広小路まで延伸、
1928年6月17日に五反田まで延伸して全通した。
池上電気鉄道は1934年10月1日に目黒蒲田電鉄に吸収合併され、
目黒蒲田電鉄は1939年10月1日に東京横浜電鉄を合併、
社名を東京横浜電鉄に変更した。
陸上交通事業調整法により、1942年5月1日に、
京浜電気鉄道、小田急電鉄を合併し、社名を東京急行電鉄株式会社に変更した。
1944年5月31日には京王電気鉄道を合併したが、
戦後、1948年6月1日に会社再編成し京浜急行電鉄、小田急電鉄、京王帝都電鉄を設立、
残留した支社から東京急行電鉄を形成した。
2019年4月25日に東急電鉄分割準備株式会社を設立し、
同年9月2日に東京急行電鉄株式会社が「東急株式会社」、
東急電鉄分割準備株式会社が「東急電鉄株式会社」に商号変更の上、
同年10月1日に東急株式会社の鉄軌道事業を、
東急電鉄株式会社に移管して会社分割した。
1923年5月4日に池上から延伸した時に、終着駅として開業した。
開業時の駅名は「雪ヶ谷」で、現在地より五反田方面に3つ先の踏切付近に設置されていた。
1927年8月19日に現在の車両基地付近に調布大塚駅が開業した。
翌年の1928年10月5日に新奥沢線が開業し、
それに合わせて約150m蒲田よりに移設された。
新奥沢線は雪ヶ谷(現・雪が谷大塚)から新奥沢までの1.44kmの単線で、
途中駅の諏訪分を含めて3駅の単線路線だった。
将来的には国鉄(現・JR東日本)中央本線の国分寺に接続させる予定だった。
しかし競合する目黒蒲田電鉄が現在の東急大井町線を計画していたこともあり、
同社の社長の五島慶太氏の妨害などもあり、この先の延伸は実現しなかった。
池上電気鉄道が1934年10月1日に目黒蒲田電鉄に合併すると、
新奥沢線は廃止申請され、1935年11月1日に廃止された。
1933年6月1日に雪ヶ谷と調布大塚が統合され、現在地に移転された。
移転時は「雪ヶ谷」のままだったが、1943年12月に「雪ヶ谷大塚」に改称、
戦後の1966年1月20日に「雪が谷大塚」に改称された。
現在の駅舎である雪が谷大塚駅ビルが完成したのは1989年9月26日だった。


画像 dd29685
撮影日時 2024/05/26 12:34:33

雪が谷大塚駅南口。


画像 dd29687
撮影日時 2024/05/26 12:42:37




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