2057.JR篠ノ井線姨捨駅



JR姨捨駅は相対式2面2線の地上ホームを有する篠ノ井線の駅である。
駅舎側は1番線に付番され、下り中野方面が使用、
駅舎と反対側のホームは2番線に付番され、上り松本方面が使用する。
駅舎と反対側のホームとは跨線橋で結ばれている。
篠ノ井線は篠ノ井から塩尻を結ぶ直流電化路線で、
中央本線(中央東線)の一部として、
塩尻から信越本線篠ノ井までの区間が敷設され、
中央西線が塩尻から名古屋方面に敷設されるのに伴い、
中央本線から分離されて篠ノ井線となった。
1900年11月1日に篠ノ井から西条の区間が篠ノ井線として敷設され、
1902年6月15日に松本まで延伸、
同年12月15日に塩尻まで延伸され、篠ノ井線は全通した。
のちの中央東線が1906年6月11日に岡谷から篠ノ井まで延伸、
1909年10月12日の線路名称制定により、
昌平橋から篠ノ井までが中央東線となった。
起点となった昌平橋は御茶ノ水から万世橋までの延伸工事の間、
1908年4月19日から1912年4月1日の間、
御茶ノ水から役0.48km先に設置された駅である。
万世橋が完成するまでの仮設駅の色合いが濃かった。
1911年12月1日に中央東線として塩尻から奈良井の区間が開業、
この後、中央東線は宮ノ越まで延伸された。
中央西線として木曽福島まで敷設された路線は、
1911年5月1日に宮ノ越まで延伸され、
中央西線が中央東線に編入され、中央本線に改称された。
中央本線全通により、塩尻から篠ノ井の区間が再び篠ノ井線として分離した。
姨捨に駅が出来たのは篠ノ井線が1900年11月1日に、
篠ノ井から西条まで部分開業したのと同時で、
当時は蒸気機関車のための給水場の設置が目的であった。
そのため本線からは分岐して駅に入線する形になっており、
駅の先は行き止まりで列車はスイッチバックし、
ポイントを切り替えて本線に入線する形態になっている。
そのため姨捨に停車しない列車は入線せずに直通していく。
駅舎の反対ホームからは長野盆地が見渡せ、日本三大車窓のひとつとなっている。


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撮影日時 2024/08/04 13:27:36



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