2086.えちぜん鉄道鷲塚針原駅



えちぜん鉄道鷲塚針原駅は単式1面1線と島式1面2線の、
計2面3線の地上ホームを有する三国芦原線の駅である。
また福井鉄道福武線が田原町から鷲塚針原まで乗り入れている。
単式ホームは低床ホームで福井鉄道福武線専用であり、
折り返し用になっていて三国港方面には車止めが設置されている。
島式ホームは高床ホームになっていて、えちぜん鉄道の車両が使用、
ホームに番線は付番されておらず、駅舎側が下り三国港方面、
駅舎の反対側の中線は上り福井方面が使用する。
えちぜん鉄道三国芦原線を敷設したのは、三国芦原電鉄である。
1919年12月26日に加越電気鉄道の社名で免許を交付されている。
1923年5月21日に吉崎電気鉄道に社名変更、
1924年11月10日に吉崎電気鉄道、
1927年12月3日に三国芦原電鉄に社名変更し、
1928年12月30日に福井口から芦原(現・あわら湯のまち)までが部分開業、
1929年1月31日に三国町(現・三国)まで延伸された。
その後1932年5月28日に海岸線が開業、
三国町から改称された電車三国から東尋坊口までが開業した。
戦時中の1942年9月1日に京福電気鉄道が三国芦原電鉄を合併し、
路線名が三国芦原線となったが、不要不急路線として、
電車三国から東尋坊口の区間が休止、戦後、1968年3月21日に廃止された。
国鉄三国線が1944年10月10日で休止したのに伴い、
三国から三国港までの区間を貸与され、三国港までが営業区間であった。
京福電気鉄道は2000年12月17日に、
越前本線(現・勝山永平寺線)志比堺と東古市(現・永平寺口)の間で正面衝突事故を起こし、
さらにその半年後の2001年6月24日にも同線保田と発坂の間で衝突事故を起こした。
度重なる事故により国土交通省は事故原因が解明し対策を施すまで業務停止を命令、
同年10月に福井県内の路線の廃止届けを国土交通省に提出した。
それを受けて地元自治体が第三セクターを結成して越前本線、三国芦原線を譲り受け、
越前本線を勝山永平寺線として順次再開し、2003年8月10日には三国芦原線全線が、
2003年10月19日には勝山永平寺線全線が営業再開した。
鷲塚針原に駅が出来たのは1928年12月30日で、
福井口から芦原(現・あわら湯のまち)までが部分開業したのと同時に開業した。
駅所在地は福井県福井市川合鷲塚町だが、
約100m北には坂井市との境界となっており、福井市川合鷲塚町の“鷲塚”と、
近接する坂井市春江町針原の“針原”を繋げて駅名とした。
駅舎は2011年7月25日に国の登録有形文化財に登録された。


画像 dd30636
撮影日時 2024/11/11 10:33:11

鷲塚針原駅のホームの様子。


画像 dd30637
撮影日時 2024/11/11 10:33:55




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