2128.西武鉄道萩山駅

西武鉄道萩山駅は単式1面1線と島式1面2線の、
計2面3線の地上ホームを有する拝島線の駅である。
また、多摩湖線も乗り入れている。
島式ホームは1番線、2番線に付番され、
1番線は多摩湖線上り折り返しと下り列車が使用、
2番線は小平からの折り返しと下り列車が使用する。
また拝島線下りも使用する。
単式ホームは3番線に付番され、
拝島線の上り小平、及び西武新宿線直通列車
及び多摩湖線上り国分寺方面が使用する。
画像は北口、橋上駅舎化されている。
拝島線は小平(のちの本小平)から萩山の区間は、
1928年11月2日に多摩湖鉄道が敷設した。
多摩湖鉄道は1932年8月15日に武蔵野鉄道に合併した。
本小平は戦後の1949年11月15日に小平駅に統合された。
戦時中の1944年4月1日に川越鉄道村山線(現・国分寺線)小川から、
陸軍の施設への引き込み線が設置され、
戦後にこれを西武鉄道が取得して1950年5月15日に、
小川から玉川上水の区間を上水線とした。
1962年9月1日に萩山から小川の区間が敷設された。
これにより西武新宿線が直通するようになった。
1968年5月15日に玉川上水から拝島まで延伸され、
小平から拝島までが拝島線となり、全通した。
多摩湖線は堤康次郎の箱根土地が所有する、
小平の分譲地への輸送手段として、
1928年1月15日に多摩湖鉄道を設立、
箱根土地が取得した免許を譲受し、
同年4月6日に多摩湖線として国分寺から萩山までの区間が開業、
同年11月2日には小平線として萩山から小平(のちの本小平)が開業した。
1930年1月23日に萩山から村山貯水池仮(現・武蔵大和)が延伸、
1936年12月30日に村山貯水池仮から村山貯水池が延伸、
村山貯水池は戦局の激化によって狭山公園前に改称された。
国防上、貯水池を駅名にするのは良くないという判断があったからとされている。
狭山公園前は戦後の1951年に多摩湖に改称され、
一時西武遊園地に改称されたが、のちに再び多摩湖に戻された。
1944年6月に戦時下の食糧不足に対応するために、
耕地開拓を目的とした食糧増産を設立した。
戦時下の陸上交通事業調整法によって、
武蔵野鉄道と西武鉄道と食糧増産が合併することになった。
しかし実際は手続きに時間がかかり、
合併が成立したのは戦争終結後の1945年9月22日となってしまった。
新社名は西武農業鉄道となったが、
1946年11月15日に現在の社名である西武鉄道となった。
萩山に駅が出来たのは1928年11月2日に、
多摩湖鉄道が小平(のちの本小平)から萩山まで敷設した時、
終着駅として開業した。
1958年9月16日に現在地に移転、
1967年11月に橋上駅舎化された。
画像 dd30930
撮影日時 2025/02/09 13:19:58
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西武鉄道萩山駅南口。 画像 dd30931 撮影日時 2025/02/09 13:23:06 |
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