2129.西武鉄道小川駅



西武鉄道小川駅は島式2面4線の地上ホームを有する、
西武拝島線の駅であり、国分寺線も接続する。
1番線は拝島線上り小平方面、2番線は国分寺線下り東村山方面、
3番線は国分寺線上り国分寺方面、
4番線は拝島線下り拝島方面が使用する。
国分寺線と拝島線が方面別ホームとなっている。
画像は東口で、橋上駅舎化されている。
4番線ホームの外側に測線が設置されている。

拝島線は小平(のちの本小平)から萩山の区間は、
1928年11月2日に多摩湖鉄道が敷設した。
多摩湖鉄道は1932年8月15日に武蔵野鉄道に合併した。
本小平は戦後の1949年11月15日に小平駅に統合された。
戦時中の1944年4月1日に川越鉄道村山線(現・国分寺線)小川から、
陸軍の施設への引き込み線が設置され、
戦後にこれを西武鉄道が取得して1950年5月15日に、
小川から玉川上水の区間を上水線とした。
1962年9月1日に萩山から小川の区間が敷設された。
これにより西武新宿線が直通するようになった。
1968年5月15日に玉川上水から拝島まで延伸され、
小平から拝島までが拝島線となり、全通した。

国分寺線は1894年12月21日に川越鉄道が、
国分寺から久米川仮(現・東村山)まで敷設したのに始まる。
1985年3月21日に久米川仮から川越(現・本川越)まで延伸された。
1927年4月16日に高田馬場仮から東村山までが村山線として開業、
東村山から本川越を村山線に編入して新宿線に改称、
国分寺から東村山までは国分寺線として分離された。

1944年6月に戦時下の食糧不足に対応するために、
耕地開拓を目的とした食糧増産を設立した。
戦時下の陸上交通事業調整法によって、
武蔵野鉄道と西武鉄道と食糧増産が合併することになった。
しかし実際は手続きに時間がかかり、
合併が成立したのは戦争終結後の1945年9月22日となってしまった。
新社名は西武農業鉄道となったが、
1946年11月15日に現在の社名である西武鉄道となった。

萩山に駅が出来たのは1894年12月21日に、
川越鉄道が国分寺から久米川仮(現・東村山)まで敷設したのと同時である。


画像 dd30936
撮影日時 2025/02/09 13:40:03

西武鉄道小川駅西口。


画像 dd30937
撮影日時 2025/02/09 13:43:02




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