2146.西武鉄道一橋学園駅

西武鉄道一橋学園駅は島式1面2線の地上ホームを有する、
西武多摩湖線の駅である。
1番線は下り多摩湖方面、2番線は上り国分寺行きが使用する。
画像は南口で、国分寺方にあり、ホームとは構内福利で結ばれている。
青梅街道方には北口があり、こちらも構内踏切で結ばれている。
多摩湖線は堤康次郎の箱根土地が所有する、
小平の分譲地への輸送手段として、
1928年1月15日に多摩湖鉄道を設立、
箱根土地が取得した免許を譲受し、
同年4月6日に多摩湖線として国分寺から萩山までの区間が開業、
同年11月2日には小平線として萩山から小平(のちの本小平)が開業した。
1930年1月23日に萩山から村山貯水池仮(現・武蔵大和)が延伸、
1936年12月30日に村山貯水池仮から村山貯水池が延伸、
村山貯水池は戦局の激化によって狭山公園前に改称された。
国防上、貯水池を駅名にするのは良くないという判断があったからとされている。
狭山公園前は戦後の1951年に多摩湖に改称され、
一時西武遊園地に改称されたが、のちに再び多摩湖に戻された。
1944年6月に戦時下の食糧不足に対応するために、
耕地開拓を目的とした食糧増産を設立した。
戦時下の陸上交通事業調整法によって、
武蔵野鉄道と西武鉄道と食糧増産が合併することになった。
しかし実際は手続きに時間がかかり、
合併が成立したのは戦争終結後の1945年9月22日となってしまった。
新社名は西武農業鉄道となったが、
1946年11月15日に現在の社名である西武鉄道となった。
1928年4月6日に多摩湖線が国分寺から萩山まで部分開業した時、
同時に「小平学園」が開業した。
これは特定の教育機関のためでなく、
箱根土地が開発を計画していた学園都市の名前である。
1933年9月11日には「商大予科前」が開業した。
駅名の由来となった東京商科大学予科は現在の一橋大学の前身である。
戦後の1949年5月に学制改革にともなって、
「商大予科前」を「一橋大学」に改称した。
多摩湖線の輸送力強化のため、「小平学園」と「一橋大学」の中間に、
「一橋学園」を新規開業し、両駅を廃止した。
画像 dd31080
撮影日時 2025/03/09 10:10:54
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西武鉄道一橋学園駅北口。 画像 dd31083 撮影日時 2025/03/09 10:14:18 |
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