292.銚子電気鉄道笠上黒生駅




銚子電鉄は仲ノ町−外川間はスタフ閉塞になっているが、上下線の電車がすれ違うことが出来るのがこの笠上黒生である。
スタフ閉塞とは閉塞区間に1つの通票しかなく、その通票を持っている電車しか走れないとしたもので、
仲ノ町−笠上黒生間は□、笠上黒生−外川間は△である。
銚子電鉄は原則的に単線だが、ここでは上下線が別れ、片面ホームが上下線を挟むように設置されている。
上下線の電車が運転席同士が隣り合わせになるように停車し、スタフ交換が簡単に出来るように停車位置を設定している。
また銚子−笠上黒生間は車掌も乗車して車内改札やフリーきっぷの「弧廻手形」などを販売する。
この駅で下り線に乗ってきた車掌が上り線に乗り換える。
この駅も1912年(明治45年)に銚子遊覧鉄道が軽便鉄道として銚子−犬吠間に施設した時に既に設置された駅であり、
1923年(大正12年)7月5日に銚子鉄道がこの路線を再開させた時に同時に開業した駅である。
駅の入り口には住宅が建っており、舗装されていない私道のようなところを行かなければこの駅に入ることが出来ない。
そのため駅の入り口に案内板が出ている。
この駅名は難読駅名としても知られ、“笠上黒生”は「かさがみくろはえ」と読む。
駅が所在する笠上町と隣接する黒生町は昭和の中頃まで「黒生瓦」の生産地であった。
この黒生瓦は遠州、野州、三州と並び称される日本有数の瓦の生産地であった。
下りホームの奥には側線があってそこに廃車になった“デハ101”が留置されている。
保存していると云うよりは、車内を物置に利用しているだけといった感じである。
“デハ101”は1939年(昭和14年)に木造として新造され、不用となっていた下野電気鉄道デハ103の台車と組み合わせた。
当初“ボデハ101”と名乗っていたが戦後デハに記号を変えて、1953年(昭和28年)再び日本鉄道自動車で車体を鋼体化した。


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撮影時刻 2003/04/29 11:14:29

道路から駅に通じる通路に出された看板。
ちゃっかり「銚電のぬれ煎餅」と宣伝している。


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撮影時刻 2003/04/29 11:17:04
駅の近くに設置された便所にも看板が出ている。
道を入ってきた人が迷わないようにとの配慮である。


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撮影時刻 2003/04/29 11:14:56
留置されている“デハ101”。
メンテナンスされていないために朽ち果てている。


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撮影時刻 2003/04/29 11:18:43


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