452.JR総武本線四街道駅



JR四街道駅は北側に単式1面1線、南側に島式1面2線のホームを有する地上駅で、画像は北口である。
北口にはJR四街道ビルという駅ビルが設置されている。
また北口にはめいわガス灯通りという日本一ガス灯の多い通りが存在する。
1894年12月9日に総武鉄道により「四ツ街道」という駅名表示で開業した。
現在の四街道十字路が成田街道と佐倉街道が交わる場所にあり、北に成田山道、南に千葉町道、東に東宇がね道、馬渡道、西に東京、船橋道という道標石塔があることから、
4つの街道への分岐点という意味から四街道の地名が誕生した。
1907年11月1日に「四街道」に改称された。
1981年12月に四街道町に市制施行が行われ、それに合わせて橋上駅舎が完成した。
四街道市は2000年に千葉市との合併話が持ち上がったが、2004年5月16日に行われた住民投票され、合併は白紙撤回された。
北口のロータリーには「棒杭や 四ッ街道の 冬並木 子規」という句碑が建っていて、側面には以下のように書かれている。

 正岡子規の句碑を建てる辞

 総武本線の前身株式会社総武鉄道は、明治二十七年七月二十日、市川と佐倉の間に、
 次いで同年十二月九日に、本所より佐倉までが開通した。四街道駅の開設はこの日である。
 開通後間もない某日、当時少仕の新聞記者であった俳人で歌人の正岡子規は、
 本所より佐倉までの発句枕の旅を試み、同月三十日付の日本新聞に、その紀行文「総武鉄道」を発表した。
    棒杭や四ッ街道の冬並木
 の句はその文中にある。往時の駅周辺のたたすまいを余すところなく語っている。
 今、近代的駅前広場の完成に当り、四街道の歴史を語る老銀杏樹と共に、市の黎明期を後世に永く伝えるよすがとすべく、
 有志六百五十九名、二十三団体、相寄り相語り、浄財を持ち寄り、右の句を碑に刻みこの地に建てる。
                       昭和六十一年三月三十一日
                                四街道駅前に正岡子規の句碑を建てる会代表・・


画像 de9282
撮影時刻 2005/02/26 11:18:26

JR総武本線四街道駅南口。


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撮影時刻 2005/02/26 11:25:32


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