645.JR東海道本線大垣駅

JR大垣駅は単式ホーム1面1線と島式ホーム2面4線、
4番線西側に切り欠きホーム1面1線、
5番線東側に切り欠きホーム1面1線の、
計5面7線の地上ホームを持つ東海道本線の駅である。
また美濃赤坂支線の分岐駅でもあり、
第三セクター樽見鉄道樽見線も乗り入れている。
単式ホームが1番線に付番、東海道本線上下線が使用、
上りは大垣始発列車、下りは始発及び待避列車が使用する。
内側の島式ホームの2番線、4番線は下りホームとなっており、
2番線下り方面を切り欠いた2番線となっている。
2番線は東海道本線下り、4番線は東海道本線上りが使用する。
切欠きホームの3番線は美濃赤坂支線が使用する。
外側の島式ホーム5番線、7番線に付番され、
5番線は東海道本線上りが使用、特急は基本的に4番線を使用する。
切欠きホームの6番線と7番線は樽見鉄道が使用、
基本的には切欠きホームの6番線を使用、
ホーム内に駅事務所が設置されており、切符の購入が可能。
7番線は樽見鉄道が客車を使用していた時代に使用していた。
東海道本線は東京から神戸までを結ぶ589.5kmの鉄道路線である。
日本で初めて鉄道が敷設されたのは、
新橋(後の汐留貨物、現・廃止)から横浜(現・桜木町)で、
1872年6月12日に品川から横浜が仮開業し1日2往復していたが、
敷設区間全区間で営業が開始されたのは同年10月14日である。
1874年5月11日には大阪から神戸までの区間が開業、
1876年7月26日には大阪から向日町まで延伸、
同年9月5日には向日町から大宮通仮停車場(原・廃止)まで延伸、
1877年2月6日には大宮通仮停車場から京都まで延伸、
同時に大宮通仮停車場は廃止された。
1879年8月18日には京都から大谷(現・廃止)まで延伸、
1880年7月15日には大谷から大津まで延伸した。
大津から琵琶湖上を船舶で繋ぐ太湖汽船が就航したのは1882年5月1日で、
1883年5月1日には対岸の長浜(現・近江八幡)から関ヶ原までの区間が開業している。
1884年5月25日には関ヶ原から大垣まで延伸した。
資材運搬のため1886年3月1日に武豊から熱田の区間が開業した。
この区間は現在、武豊から大府までが武豊線、
大府から熱田までが東海道本線となっている。
同年4月1日には熱田から清洲(現・枇杷島)までが延伸、
同年5月1日には清洲から一ノ宮(現・尾張一宮)まで延伸、
同年6月1日には一ノ宮から木曽川まで延伸した。
一方、神戸から大垣まで敷設された路線は、
1887年1月21日に大垣から加納(現・岐阜)まで延伸、
同年4月25日には加納から木曽川までが繋がり、
武豊から大府を経由して神戸までの区間が、
琵琶湖上の太湖汽船を経由する形では繋がった。
最初の鉄道敷設区間だった新橋から横浜までの区間も、
同年7月11日に横浜から国府津まで延伸した。
1888年9月1日には武豊から大府を経由して木曽川まで敷設された区間の、
大府から浜松までの区間が開業した。
1889年2月1日は新橋から国府津まで開業していた区間に、
国府津から静岡までの区間が現在の御殿場線のルートで延伸開業、
同年4月16日には静岡から浜松の区間が延伸して繋がり、
新橋から神戸までの区間が琵琶湖上の太湖汽船経由で繋がった。
1889年7月1日には大津から大谷(現・廃止)の途中にあった、
馬場(現・膳所)から長浜(現・近江八幡)の区間が開業し、
大津から長浜(現・近江八幡)の太湖汽船を経由せず、
新橋から神戸までが鉄路で繋がり、東海道本線は全通した。
普通夜行列車として有名だった「ムーンライトながら」は、
「大垣夜行」時代から大垣が終着駅となっていた。
改札外には養老鉄道大垣駅があるが、
線路番号は連番とはならず、1番線、2番線となっている。
1883年5月1日に建設資材運搬のために、
官設鉄道によって長浜から関ヶ原までが開通し、
その1年後の1884年5月25日に関ヶ原から大垣までが延伸開業し、
同時に大垣駅が開業した。
1887年1月21日には加納(現・岐阜)まで延伸している。
1895年4月1日に線路名称制定により東海道線所属となり、
1909年の改正で東海道本線所属となった。
1913年7月31日には養老鉄道が、
養老から池野のまで開通して同時に大垣駅が開業した。
養老鉄道は初代のもので1922年6月13日に揖斐川電気と合併、
揖斐川電気は1928年4月6日に鉄道事業を分社化し、養老電気鉄道が継承した。
1929年10月1日には養老電気鉄道が会社合併により伊勢電気鉄道に継承、
1936年5月20日に伊勢電気鉄道が養老線を分社化し、養老電鉄が継承、
1940年8月1日には養老電鉄の会社合併により参宮急行鉄道が路線を継承した。
1941年3月15日、大阪電気鉄道と参宮急行鉄道が合併して関西急行鉄道が発足、
戦時中の1944年6月1日に関西急行鉄道が近畿日本鉄道に改組された。
戦後になって1956年3月20日に国鉄によって樽見線が開業したが、
1984年10月6日に樽見線は第三セクターの樽見鉄道に移管される。
1985年12月7日に橋上化され、翌年3月19にに駅ビルや複合商業施設が開業した。
戦時中に近鉄の路線となった養老線は、
2007年10月1日に分社化され、養老鉄道として独立した。
2009年9月19日に新しい東西自由通路が完成し、新しい北口が出来た。
画像 dd27769
撮影日時 2022/10/09 13:59:22
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北口と橋上化された南北自由通路。 画像 dd27780 撮影日時 2022/10/09 15:07:04 |
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JR大垣駅旧南北自由通路。 画像 dd03217 撮影時刻 2004/10/02 16:03:46 |
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