714.JR東北本線一ノ関駅

JR一ノ関駅は単式1面1線と島式1面2線の、
計2面3線の地上ホームを有する東北本線の駅であり、
また東北新幹線のホームも設置されていて、
相対式2面2線構造の高架ホームを有している。
在来線の単式ホームは1番線に付番され、
東北本線下りが使用、島式ホームは2番線、3番線に付番され、
2番線は東北本線下りが使用、
一ノ関は大船渡線の起点駅でもあり、3番線を発着する。
東北新幹線は11番線が下り新青森方面が使用、
12番線が上り東京方面が使用する。
ホームは副本線に設置されていて、
その間に通過線の上下主本線が設置されている。
大船渡線は一ノ関から気仙沼を経由して盛までを結ぶ105.7kmの非電化単線だったが、
2011年3月11日の東日本大震災で全線不通になり、
その後、一ノ関から気仙沼までは再開されたが、
被害が大きかった気仙沼から盛りまでの区間は鉄道での再開は断念され、
BRTへの転換が決定、2013年3月2日から運行が開始された。
大船渡線は路線が大きく蛇行している様子から、
“ドラゴンレール大船渡線”という愛称が付けられている。
一ノ関駅は1890年4月16日に日本鉄道が、
岩切から一ノ関まで延伸したのど同時に開業した。
この路線は現在の東北本線とは別のルートであり、
一般的に“山線”と呼ばれている。
後に短絡ルートが開設され、山線は廃止された。
しかし岩切から利府の区間は残され、
“利府支線”などと呼ばれている。
日本鉄道は1906年11月1日に国有化され、
1909年10月12日に線路名称制定で東北本線の所属駅となる。
1925年7月16日には大船渡線が摺沢までが部分開業した。
1982年6月23日に東北新幹線が大宮-盛岡で部分開業している。
一ノ関駅は画像の西口が表玄関として機能していて、
そこには「大槻三賢人」の銅像が建っている。
大槻三代の胸像が建っており、以下のような解説文がついていた。
大槻三代
大槻玄沢(げんたく 一七五七−一八二七)正面像
一ノ関藩医大槻玄梁の子、今の一関市中里に生まれる。
号は磐水、我が国蘭学の先駆者であり、
杉田玄白、前野良沢の教えを受け蘭学を開花せしめた。
「蘭学階梯」「重訂解体新書」を著した。
大槻盤渓(ばんけい 一八〇一−一八七八)左像
大槻玄沢の次男、儒学者で幕末にあって開国論を主張し、
日本の進路を予見した。
「孟子約解」「近古史談」「献芹微喪」を著し、
佐久間象山、福沢諭吉等にも親交があった。
大月文彦(ふみひこ 一八四七−一九二八)右像
大槻盤渓の三男、国語学者、史伝家、
我が国初めての国語辞書「言海」を著し日本の近代化に大きく貢献した。
「広日本文典」等時折中里でも執筆。「大言海」編纂中に逝く。
建立 社団法人 一関青年会議所
東口は駅というよりは「東口交流センター」となっており、
公民館や観光館的な役割を果たしている。
市の名前は「一関市」と表記するが、駅名では「一ノ関駅」となる。
画像 dd27243
撮影日時 2022/07/24 9:28:43
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JR一ノ関駅東口。 画像 dd27257 撮影日時 2022/07/24 9:51:13 |
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2005年頃の一ノ関駅西口。 画像 dd03858 撮影時刻 2005/03/12 16:41:13 |
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駅前の大槻三賢人像。 画像 dd03859 撮影時刻 2005/03/12 16:42:05 |
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